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【コラム:ライティング】一億総ライター時代の落とし穴。~言葉には強い「凶器性」がある~

[07年04月11日]

今や時代は、パソコン一台で手軽に意見や情報を発信させ、
誰でも簡単にライターになれてしまう時代。

ブログやmixiなどで、文章を書く行為がもたらすCGM効果は、
「一億総ライター時代」という現象を起こし、多くのライターを世に輩出している。

しかし、これら優秀な書き手達も、
マスメディアに対して、ブログ上で文章を書いていく限り、
自分の書いたものに対して、責任を持たなければならない。

ここで言う責任とは、間違いがあったらきちんと謝罪・訂正し、
批判が妥当であれば、素直に反省する真摯な対応のことである。

多くの人間が、書くことに肯定的になっているこの時に、
何故、敢えてこのような水をさすようなことを言っているのか。

それは、書き手一人ひとりが
言葉には強い「凶器性」があることを、知っておかねばならないからだ。

たとえば、こんな話を聞いたことがある。

あるプロの作家が、原稿で
「…には、ちょっとしたスピード違反程度の罪の意識しかないのだ。」
という文章を書いたところ、その記述に対して抗議の手紙をもらったそうだ。
「“取るに足らないこと”の喩えに、交通三悪の一つであるスピード違反を用いるとは何事か!」
というのが、その抗議の趣旨だったという。

書き手がなんの悪気も持たずに書いた、たわいのない言葉が、
このように、時に人を深く傷つけることがある。

もし、あなたが交通事故で大切な人を失い、それがスピード違反によるものであったなら
この上記の例文に、かなりの反感を抱くに違いない。

言葉というのは、それくらいこわい。

ブログは大抵、自分の意見を述べる場として書かれる。
だが、ブログの内容を掲示板やコメントで「私もそう思う!」と同意を示されると、
今度はリンクされることやアクセスされることを目的としてしまう。

しかしどんな意見も、すべての人を納得させることは決してできない。

同意だけでなく、否定的な意見にも、きちんと耳を傾ける心の準備をしておかなければ、
たちまちそこでは、お互いを傷つけ罵る、言葉の悪しき戦いが始まってしまう。

コミュニケーションの行き違いが言葉の凶器を作り、
ネットの匿名性が、その人の人格を超えた発言を生む。

そしてその行く末には、和解のない「削除」という無機質な解決策で、終止符を打つことになる。

実際のところ、こういったリスクを感じながら書いている人は少ないだろう。
手軽に始められ、気楽な軽いノリで、きっとブログは書かれている。

確かに本音をいえば、ここまで深く真剣に考えて書く必要はないかもしれない。
それこそがこのCGMメディアの特長であるし、だからこそ、ここまで浸透しているのだ。

ただやはり、物を書く以上、少なからずそういったリスクは避けられない。

誰の反発も買わずに、ブログを書きつづけることは不可能だろう。
だからと言って、まったく批判を受けない文を書け、ということを言っているのではない。

充実したブログ生活を送り、多くの人とコミュニケーションを図っていきたいのであれば、
「言葉の凶器性」を意識した「ネチケット」を持って、これからも日々ブログを楽しんで綴ってほしい。


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